いらないものとかあったらください

近況です。

みなさま、あたたかいご声援ありがとうございます!本当にマジでうれしいし、心の支えとなっていて、隣人愛を感じます!!ただ私が行動するための見通しが立っていなくて、なかなかそういうお世話になれないでいる(まあ夜逃げしてもいいとは思うけどそのあとが大変)。計画を立てるために人と会うことがまず難しくって、なぜ難しいかというと、夜に人と会ったりして遅く帰ると無視されたりぞんざいに扱われたりして生活が立ち行かなくなることが多いから(具体的には私が寝室に入れなくなるなど)。でもそういうのもういいや、気にしないで私は人と会ったほうがいいし結局のところそれが私のためなのだ、と思うのだけど目先の恐怖感が先立ってしまいウーウー唸って大きく溜息をついている。

同棲解消するの、本当に正しいと思っている。昨日同居人(現在恋人と呼ぶにはあまりにも、?)が他意無く「びっくりすること教えてあげる!」と言ってきたときに私は「次は何を怒られるんだろう?今朝はいろいろなものをちゃんとやってきたはずだから怒られるとしたらまた予定とかそういうのか?」ってびくびくして心臓が早くなって、結局懸賞が当たってたとかそういうどうでもいい話だったので安堵したのだけど、後からあの私の様子はなんだ?と思って情けなくなった。そんな関係性ってもう終わりじゃんね。

もう一つは休日の終わりに話したい人と話したかったので電話をかけようと思ったのに、いろいろな予定があって外に出られず結局家からかけたのだけど、場所がなくて1人で自由に過ごせる場所がトイレと風呂しかないってことに気づいてしまった、トイレに籠もって楽しく電話をかけながら、でも家のトイレだから人生の話とか全然できずに好きなポケモンの話とかしていてそれはそれで楽しいんだけど、一体これは何なんだ?基本的な動力として恐怖感が先立ってるの、生活においてまったくよくない、まったく。

とりあえずこれから私がやるべきこと、
引越し先のエリアを決める
引越し先を決める
必要最低限の家財道具を買う
同居人と別れる(どうやって?)
荷物をつめる
引っ越す

なんだけどこれ全然まだ考えられてなくてとにかく相談に乗ってください。とりあえずドイツへ行こうと思っていたお金もあるし残高0円とかではないのである程度引っ越しには出せると思うのだけど、貯金500万でもないので家賃6万円台のワンルームで慎ましく暮らしたい。私の荷物、服とあとは雑多なものとかで大きいダンボール5個に収まりそう、なので引っ越すとなったら早いと思う。私自身の家具家電が実のところ一切ないので、本当に上京したて、はじめての一人暮らしの人と同じような状況になる…とりあえず必要なもの(布団とか?)以外は引っ越してからちょっとずつ集めるとかでもいいかなとは思うのですが、いらないものとかあったらください。あともうどうしたら良いかわからないことが多いので当面いろんな人と相談しながらやっていきたいですお願いします。どうやって人と別れたら良いのかもわかんないのでそれも、できれば私が否定されたり罵倒されたり危険になったりしない方法で。

私も星に届かない

とにかく現実逃避のためにアニメの『やがて君になる』がよくて、ずっとみていられる。細かい表現はリズの方が圧倒的に繊細なのだけど、連続したアニメだから雑さも必要なのかもしれない(私はリズと青い鳥が上映されている時間中号泣し続けていた)。小糸さんってこれ私じゃん!特別な人間の関係の中の強い気持ちを感じながらみていて、そういえばそういうのを私はいま現在進行形で失っていっているんだった。

みなさまから心配や励ましのラインやリプライをいただきありがとうございます。みなさんが私について考えて何か伝えてくれることで、恋人との生活の中で私自身が勝手に規定していた私自身の価値みたいなものがガラガラと崩れていくのがわかる(そもそも人に価値なんてものはないんだって!)。でもどうしても私の主観的な、私が自分を擁護するような話しぶりになってしまって、客観的な視点が足りてないように感じたので、恋人と私の人間性を知っている母に電話した。

母に恋愛相談したことなかったし、母に電話するということは実家中に知れ渡るということでもあるのだけど、そうなることを考慮しても外からの意見が聞きたかったので。母は肯定も否定もしなかったが私の大学生の時のめちゃくちゃな暮らしぶり(あのときはセクハラ等で心も良くなかったのだけど、母はそのことは知らない)を知っているので、「正しい生活を教えてくれたのはあなたの恋人だと思う」と言っていた。たしかにそのとおりなのだけど私が、これが一生続くのは無理だと言ったらまあね、と笑っていた。母は「早く結婚すべきだったのよ」と言った。

私は、結婚していないので契約は発生しないし自由で権利のある生活がお互いに送れると考えていたけどたぶん恋人の考えは違ったのだろう。結婚、契約で制限を受けるというのはあるしそれはわかりやすいよね。私は自由なのか制限があるのかわかりにくい宙吊りの状態でプラプラしていることに限界を感じている。

確かに結婚するのはありだった、でもそれはもうなしになってしまった。恋人に対しては生活をちゃんとすることの修行みたいなのを私に教えてくれていたことに感謝している。そういう、「ああ、終わりの時間まで大切にしたほうがいいんだな」って思った矢先にやっぱり無理じゃんみたいなことになってしまった。2週間後くらいの某日、仕事になってしまって午後もいないと伝えていたけど、18時半からの観劇の予定を入れられておりチケットも取ってあって、えー???私の時間って3時間ちょっとなの???私は、私の行きたい方にいきたいって思う、けど行かないとなったときのチケットの行方を追っていかなくてはいけなかったり誰かにチケットを譲渡できたかどうか毎日恋人からプレッシャーを受けたりするのは目に見えていて、ねえなんでこんなことになっちゃうの…って思ってまた自分の存在が遠くなって全部どうでもよくなりそうになった。でも、「遠くなっちゃうと人がいない家みたいに自分がボロボロになるんだよ」って一昨日教えてもらったから、私がおかしくならない方法でなんとか調整するしかない、それでもだいぶ調子はおかしくて、めちゃくちゃなことを言って本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだけど日にちを調整してもらっている…。恋人は善意だって言ってる、それはわかるけど私の自由ってなんだっけ?いや、もともとそんなのはないんだっけ?

私の様子がおかしいから恋人が話したいと言ってきた。私が、最近ごはんを食べれてないことと最近よく出かけていること(月2回くらいです)と家であまり話さないことになにか関係があるのかって言っていて、関係があるに決まってるけど、別に普通だよ、と言った。結局今すぐ引越してもいいのに生活のせいで慎重になっていることでざわついて食欲が一切ない。私の話を聞きたいと言っていたので話したら結局、片付けできないのも家事ができないのも、私の人間性の未熟さによるもので、できてないことに甘んじて変わろうとしない、仕事だって自分でできてると思いこんでるだけで実際は?、みたいな話になる。みんな私の心をほめてくれたり、仕事もちゃんとできてるとは言えないけど人並みにやってるつもりだったりするのだけど、、、つらくなったので泣いてたら、「泣いてるだけじゃ何も変わんないよ、自分が変わろうとしなきゃ」ってそれは正論だけど、別に私に変わる気がない。恋人、正しさの塊だけど、私は、私は人間は正しくなくてもいいんだって、正しさだけが人生だけじゃないってそう思うから…。

そういう人生の展開って連続するんだなって思うけど父のがんがまた転移していて手術するらしい。母は大丈夫って言っていたけど、結局手術しなきゃなんないってことはある程度重症なんだろうな、私は自分の気持ちや感情で両手が塞がっていて、もうこれ以上なんにも持てないよ〜

 

この前よなかさんと会って、とっても楽しかった。ちょっとテンション高くないですか?って言われてちょっと恥ずかしかったけど、気にするほどのことじゃない、だって私が楽しかったから。よなかさんとちゃんとしゃべったの初めてだけどわかりあえてよかった。よなかさんの以前の友達とよなかさん、歩み寄るということが一切なくて、それなら一人の方が断然ましではって思うくらい良くない経験をしている様子だった。私はよなかさんと友達になってたくさん歩み寄っていろんな話がしたい。私だってこういう強い気持ちやハッピーさってあったんだって驚く。私自身が勝手に消そうとしていただけで、でもまた絶対に築きなおせるよ。私の行きたい場所に行きたい、言いたいことを言いたい、会いたい人に会いたい。

You were only waiting for this moment to be free

今月になってまた音楽が聴けるようになってきた、しばらくクラシックしか聴けてなかったというかそもそも興味を持って音楽を聴くという行為ができてなかったのだけど、いろいろ聴きたい音楽があったり、音楽によって心がふるえたりするみたいなことが増えた。恋人と暮らしてもう3年くらいになるけど2年前くらいから先月のおわりまで本当に不感症?、いや不感症というのは少し違って離人っぽさに近いのかもしれないなにかになっていた。薄い透明のぷにぷにした膜越しにそれを見ているだけで自分自身の表現や体験や感情に手を伸ばしてもそのぷにぷにの膜の感触だけがあるような感覚。音楽も服も顔も体も酒も煙草も仕事も友人もお金も気持ちも感情もどうでもいいすべて生活がうまく行くために生活が充実するために存在していて私自身が何かを実行したり考えたり表現したりする必要はなかった。生活のためであれば他のことをすべて諦めろという暗黙のルールのもとすべてが管理されて制御されているので安全で守られていて健康だった、それを得るために私はなにもかも投げ売って来たってことはわかってもいたし私もそれを受け入れてきたところもあったので一概に恋人を責めるつもりはない。ただ実は私はずっと鳥かごの中に入れられているんだっていうことに、はたと気づいてくっきりした私がそのベールが少しずつ溶かし始めたことで少々内面がごちゃついている。

「あやみちゃんって1月が誕生日なんだって!」と飲食店で隣の女児が母親に言っている。私も先月誕生日だったのだけど、今回の誕生日は私の帰宅が遅くなったことにより(30分だけだけど)、機嫌を損ねた恋人の、残飯を食べて悲しみでいっぱいになり寝る前に暗くなった部屋で涙を流していて翌日目がめちゃくちゃ腫れたまま仕事へ行ったのだけど、恋人はそういうのに気づかないふりをしている、人の感情が家にあると自分の生活がうまく回らなくなるから。誕生日を盛大に祝ってほしい気持ちもないし、高価なプレゼントを求めるつもりは一切ないのだけれど、ただなんか一言あればいいのにな、っていうそういう気持ちがない振りをして、相手に怒られたり無視されたりとにかく面倒なことが起こらないようにずいぶん長い間押し込めてきた。私は自分の感情に鈍いので、人と合わせているその最中に他者に同化しすぎてしまい、自分がなくなっているときがあって、恋人は多分私が透明な膜の向こうにいることになれすぎてしまったのだと思う。彼のことは責められない、なぜならそれは私自身の問題であるから。恋人、私を出さないように鳥かごにいれているというのは、比喩表現ではなく事実でこれはやや軟禁に近いのではないかと思うこともあるのだけれど、もしかしたら私の周りの友人らはまだ若くって家庭がなくてみな自由に1人で外へ出ているところを見ているからかもしれない、もしかしたら結婚したり家庭があったりしたら私と同じような体験をする人もいるのかもしれない、という可能性はある、一方で私が外に出られないのは事実でそのことでやっぱり不自由さを感じずにはいられないということは、前々から友人たちに親身な忠告を受けていて、理解していたことのなのだけど。鳥かごに入れておくのは私が外の世界を知らないようにするためなのか、ただ単純に私以外の社会のつながりがなくて孤独だからなのか、理由はわからない。本人も私を囲っていることを自覚していないだろうしもしくは良かれと思ってやっている可能性だってある。そういう自分のおかれている状況に気づいたときにこれからこんなことが一生続くのかと思うと絶望的な気持ちになってしまった、だからといって激情していますぐ別れるみたいなのはしないけれど、今後はとにかく私のやりたいようにやる、それで無理なら散開するしかないわよね。

 

母が上京していた。

母は都会で生活したことがないので、電車で「東京ではリュックを前に持つのが流行ってるの?」と聞いてきたりした。着飾ってお金持ちの振りをして食事のときにめちゃくちゃワインを飲んだあとホテルのバーに行って異様に高い酒と外人と、おじさんと、若い外人のお姉さんと金持ちそうな日本人のおじさんのカップルを見て面白がっていた母がなんかかわいくて楽しんでいてうらやましかった。家にいる父に様子をラインで随時やりとりしていた。母に会うときもコンタクトに変えていったら褒めてくれた。

なんか久しぶりに人に会うためにそれなりの格好をしようと思えていて、高い服も買ったんだけどなんかやっぱり外側を変えるだけでとたんに自分がシャキッとするなって。私は顔の美醜で言えば美しい方じゃないスタイルも良くないし低身長だし体型のせいで似合うコートや似合う服がないのだけど、自分がなにかしら変化しようと試みたことに対して評価されるのはうれしいよね。

 

日曜日に@yorukumalightさんと飲んだテキーラ、魔法のようにおいしかった、ホテルのバーで母と飲んだよくわかんないカクテルよりも高くてグラスにほんの少ししかないテキーラだったけどなんかたくさん飲んじゃった。私は酔って言語野がめちゃくちゃになり、助詞や語順がバラバラになっていたものの、@yorukumalightさんと、私のそれぞれの個人の存在が確かにここにあるってことがはっきりくっきりわかるような飲酒だった。その確かさによって日々のベールは溶かされて私自身のゴツゴツした、鮮やかな色の川の上流の石みたいな物が直接飛び出している状態になったっていうのもあると思う。

 

ということをドイツにいる友だちと話した。ドイツいく計画、1週間くらい会社休んで行きたい。公園でぼーっとしたりビール飲んだり誰にも、本当に誰にも邪魔されない時間を過ごしたい。

明日よなかさんと会うのとっても楽しみにしている。よなかさんと会うの何度目かだけどまだちゃんと心を通わせるまでの会話したことない気がしてる。私自身が確かな存在でいつづけるためにたくさん人と会って話していきたいなって。

体内型生ごみ処理機

無事実家から帰宅し、休み明け3日目にしてまた休日だったので元気があって、朝からコンタクトレンズの度数を調べに眼科に言ったり、ZARAH&Mをはしごして日常生活で必要な衣服を買ったりした。お金がないからだけど買い物でストレス発散ということには一切ならず、昨日も今日買い物に行こうと決めて寝たら買いしてお金がなくなって大変困る夢を見た。貧乏性なのではなく、ただ貧乏だからだと思う。お金あったら高くていい服買う。仕事が始まってから夜うまく眠れないことが多く、夜中に何度も起きたり現実的なことの起こる微妙な悪夢を見て飛び起きたりしている。

質問箱を開設しました、自己満足のために。

前回の記事で書いた私がセクハラをされた相手の1人は大学のサークルに音楽を教えに来ていたジジイだったのだけど、私が当時付き合っていた人も同じサークルでジジイに教わっていたので、私に対してのセクハラ事実があったことを伝えたら何かしらの行動を起こしてくれるというような期待があったのに、当時の交際相手は本当に文字通りなんっっっにもしなくて、私に気をつけなねみたいなこと言ったあと何事もなかったかのようにジジイに音楽を教わり、楽しそうに話し、関わり続けていたのを見て、幻滅以外の何も感じなかった。

好きじゃないのに付き合ったり、付き合っているからって無駄に期待感を持ったりしていたのが良くなかったのでしょうけど、当時付き合っていた相手も、私のこと好きなんじゃなくて、私と付き合ってる自分が好きだったんじゃないかと思う。私はセクハラされたあと、自分が性的なシンボルであることが許せなくなって髪をへんなマッシュルームみたいなカットにしたし、へんな髪にした理由も彼氏には伝えていたのに普通に「髪短いのもエロい」とか言ってセックスしようとしてきたの考えたらマジでムカついてきた。私のことなんっっっにもわかってなかった。イライラしたので振った。このこと嫌すぎて5年くらい思い出せなかった。そういう私を大切に扱わない相手を間近で見たせいで、私はサークルの他の人たちにセクハラについて話すことがずいぶんできなかった。話せたとしてもネタみたいな感じでヘラヘラした様子で話した。直接弟子みたいな感じでジジイと関わっていた同期にはずっと言えなかったのだけど、友だち経由でセクハラされた事実がわかってしまったときに、当時は同期にバレた!ということで大変に気持ちが落ち着かず友だちに「なんで言ったの!!!」と言って大泣きしていたのだけど、同期はめちゃくちゃ怒ってくれて、クソジジイをサークルから追い出すということや誰にも連絡を取らせないということを約束してくれたのだった。彼らから私を責める言葉が一言もなかったことでようやく救済されたような感じがした。実際の出来事から1年半くらい経っていた。このことも整理がつかなかったことでここ4年くらい一切思い出すことはなかった。

私の小学校にあったコンポストは、生ゴミを入れて蓋をしてそれからしばらくずっと放置しておくと腐敗が進んでやがて生ゴミが土に変わっていくというものだった。私の生ゴミみたいな感情も、整理がつかない状態で放置している間に、また違う出来事が起きてしまい処理が一切追いつかずまたそれも放置してきたのを全部、汚いコンポストに詰め込んできた。最近しばらく前のことを思い出すことが多いのは、生ゴミみたいな感情がおおよそ腐敗して無害な土に変わってきたからなのかもしれない。コンポストから出てきた土が実際に使われていたかどうか、また使える土なのかどうかは知らないけれど、とにかく悪臭を放ったりはしない土塊になったのはよかった。

セクハラの話、客観的な立場から感情的にならず適切な距離感で話せるようになってきたので、話していきたいと思うのだけれど、セクハラは私のアイデンティティの一部には決してなっていないということは知っておいてほしいと思います。たしかにセクハラとかいうコンテンツは皆の関心をひきつけるだろうけれど、私はセクハラされていなければもっと音楽ができたし、セクハラされない人生はセクハラの辛さはわからないだろうけどそんな辛さは私の人生にとって全く必要のないものだったとここに断言できる。人の憎しみや醜悪さを教えてくれたのは感謝するけどそんなのは別に小説を読めばわかるんだから実体験する必要はないよね。私はもう体の中にコンポストをつくるつもりはないし、仮に再びそういうことがあったら腐った悪臭のする生ゴミを相手の体の穴という穴に詰め込んであげるっていうそういうつもり。

 

 

 

練習中のバラード

ようっっやくあと1日で今年の仕事が終わりになるぞ!やったー!と思っていたのがずいぶん昔のことみたいだ。実家に滞在すると時間感覚がおかしくなる。田舎時間なのか、一日一日の実感がなくなり、川の水が流れるように時が過ぎていく。

年末に26歳の誕生日でしたがなんか全然恋人に祝う気持ちなくて適当な残り物が台所に放置されていたのをみて、最近ほぼ禁酒していたのにまったく、マイヤーズのジンジャー割りをがぶがぶ飲んだらめちゃくちゃうまかった。自作の適当なラムバックを飲みながら大学の頃、誕生日にセクハラされたことを翌日大学の友人たちに伝えると、夕方授業が終わると突然ディズニーランド行くぞって言って4人でディズニーランドに行ったことを思い出していた。クリスマスの後で正月の前の平日の夕方から夜にかけて、全然人がいないディズニーランドでイッツアスモールワールドの船を4人貸し切り状態でめちゃくちゃはしゃいで乗ったのを思い出して、あの時のようなときのことを私は幸せだと思うのだなと思った(かといって、彼らと今でも連絡を取り合っているかというとそうではない)。会社では仕事のできる先輩が先週ディズニーシーでサプライズプロポーズされたとのことで、嬉しそうでたいへん機嫌がよく、帰りの電車で私のこともたくさん褒めてくれた。彼女の友人でもある私の会社の幹事に「あなたが無能の女に負けずよくやっていることを飲みながら伝えておいたから!」と言ってくれたので、彼女の機嫌の良さを差し引いてもうれしかった。この前ティーンズにあったときに私の恋人について、「『たとえば数年先に別れたり捨てられたりしたときに、恋人に費やした私のあの時間は何だったのかしら』ってならないのだったら良いのだけど」と言われたことを思い出す。そういう後悔はおそらくあるだろうと思うけれど、今現在、恋人よりも私を大切に扱う人はいないし、実際ほかのみなは自分のことが一番大切。年末にアフリカで一番強いさんと通話した。私について、幸せな家庭で幸せにされてきた人と評価していてそれはまあそうなのかもしれないな。アフリカで一番強いさんは圧倒的に愛される経験が足りてなかったと思う。人に大切にされてほしい。

実家では当初のお望みどおりテレビをたくさんみている。私はオードリーが好きなのだけれど、テレビで動いている様子をみたら若林より圧倒的に春日が好きなことに気づいてしまいどぎまぎしてしまった。ふつうに春日とセックスしたい。そういう気持ちを昇華させてピアノの練習してるといい感じになれました。セックスや恋愛、誰でもできる特別体験だからみんな大好きだけど、そこには救済はないよねっていうのをこの前新国でやってたスカイライトをみて思いました、なので私は一人で楽器を練習していきたいです。もっとも私はブランクがありすぎて手がすぐ疲れてしまうのだけど…。

回想

今年もお世話になりありがとうございました。pajamajpはもうすっかり年の瀬気分で、来週まで仕事が続くことが考えられないくらい、正月を寝てすごすことが楽しみ〜。通常テレビが自宅にないので実家に帰ってお笑いネタ番組を延々と見続けることが一年の中でクリスマスよりも楽しみな行事なのです。とはいえ今日は微熱と鼻水とにやられ、仕事が暇だったので会社を休んでこうしてぼーっとしている。母とたまたま連絡を取っていて体調が悪いことを伝えたら「妊娠したの?」と聞いてきて最悪だった。もう子宮とろうかな。

仕事、宝くじがあたって、奨学金を返済できたらやめますと宣言してある。全然やる気なくて、キャリアアップとか、仕事にあたっての勉強とか(最低限のことはもちろんやるけど)自発的にやりたいと感じることが一切ない。仕事のできる先輩はやめて同業他社に行くということで一緒に来ないかと引き抜かれそうになったが、場所が遠いのと、就業時間が長いのでやめた。仕事のできない先輩は就業中に会社の名を語って自己満ブログを書いている。レイアウトがゴミなのと、内容がまとめブログ並に薄いのとで全くヒットしておらず、上司からは金にならないのでやめろと言われているもめげずに頑張っている様子。私は個人的にやや昇給したので、会社ではやや落ち着いている。

ブログ毎週書くぞと言った瞬間かけなくなって早1ヶ月。一体なにをしていたのだろうと思ったけどクソみたいなことしかなくて、思い出すのも嫌だしとりあえず黙っておこう。ありがたいことに私に興味を持ってくれたアフリカで一番強いさんと、電話する予定がこの前休日に立っていたのを楽しみにしていたのに、私の鼻水が止まらなくなってしまい、ビデオ通話でないにしてもさすがに鼻栓したまま通話するのいやだなと思って延期してもらった。それに伴って日曜の親戚の子供のピアノの発表会も行けなくなってしまった。親戚の子供は双子で私の上京時に震災で家が決まらず居候していたときに同居していた。保育園に行くちびっこだったのにもう6年生になっていて時の流れの早さを感じざるを得ないね(たまに「〇〇せざるおえない」ってなってる人みるたびにめちゃわらってる)。家で寝ていたら親戚からラインで動画が送られてきていて、片方はただの音の羅列でお世辞にもうまいといえなかったのだけど、片方は同じ環境下でこんなに?!と思うほど情感がこもってて上手だった。一卵性双生児だけど、前者は社交的で愛想が良くて見た目もかわいい、後者は内向的でやや寡黙で人見知りで地味。萩尾望都の半神をおもいだす。とくに一人でやる音楽自分との対話みたいなところも多いので内省できる人のほうがやりやすいのかな、という考察。

前回の記事で上げていた大学の先輩の結婚式だが、以前セクハラを受けたジジイ共が来る可能性も無きにしもあらずであることに思い至って行くのをやめた。まだ断っていないのだけど、いつになったらセクハラジジイどもの呪いから解放されるのか不明。じいさんたちが死ねば私も解放されるだろうからはやくしなないかな?セクハラされただけでこんなに呪われるんだから、強姦経験のある人とか私なんかよりももっともっと憎しみを持つだろうな、まあこれは、比較してもどうしようもないことなのだけど…。私は次性的に搾取されることがあったらその相手を殺す(肉体的なのか・社会的なのかは未定だけど)という確たる自信がある。よく性犯罪おじさんをレンガなどの鈍器で殴りまくるイメージを満員電車の中でしている。まあ実際に殴るのはよくないのだけど、イメージは自由だ。仮に思想警察がいたら私は捕まってしまうかもしれないね。前回のブログに書いた私の友人とはまだ連絡を取っていないものの、以前この世から理性を失って性犯罪に走るクソ野郎を法によって駆逐してやると言っていて頼もしい。私が一番好きな本はクッツェーの恥辱であることをみなさんには知っておいてほしい。

このまえ会った、キリスト教系の園に通う子どもが、「かみさま」のことを「かめさん」だと思っていて、十字架にはかめさんがいるということを教えてくれた。信仰とは一体?私はテッド・チャンの『地獄とは神の不在なり』を思い出していた。

 

半神 (小学館文庫)

半神 (小学館文庫)

 

 

恥辱 (ハヤカワepi文庫)

恥辱 (ハヤカワepi文庫)

 

 

あなたの人生の物語

あなたの人生の物語

 

あなたの人生の物語の、このださいへんな装丁やめてほしい。

それでも、生きてゆく

仕事が終わって携帯を見たら大学の先輩から結婚式後のパーティーの連絡が来ていた。その日は仕事で、出席するなら調整をしなくてはな、と思いつつあまりの写真のファンシーさに圧倒されてまだ返事を返していない。返さなければならない返事を返していないときの妙な焦りや気持ち悪さってなにかいい言葉で表せないかな?余裕があるときに返そうと思ってそのまま放置してしまうことが多いのだけど、余裕があるときって一体いつなんだ?

そういえば高校のときの唯一の友人と今年の2月に会う約束をしていて結局私がドタキャンしてしまったのが本当に申し訳なくてそれから連絡が取れていない。この前@n_hayatoさんとあったときにこの話をしたら今すぐにでも連絡を取ったほうがいいと言っていたがマジでそのとおりだと思う。しかしどうしてこんなに連絡を取ることが億劫で勇気のいることなのでしょうか…。彼は高校のクラスメイトで、頭が良くて、性格が悪いことで有名だった。くじ運がすごくて一年の3分の2くらいは隣の席にあたるという運命的な出会いを果たしていたのだけど、クラスでは卒業式まで業務連絡以外のまともな会話をしたことがなかった。私はその頃女子からリカちゃん人形のように好き勝手扱われていて、静かにニコニコ皆の話を聞いていたのを彼に傍からよく見られていた。上京してから共通の友人を介して会うことになるまで特段興味がなかったが、吉祥寺のファミレスで会った私達は早々に眠り込んだ友人を尻目に、夜が明けるまで話し込んだのだった。私は話していないだけで性格が同じくらい悪いことはすでにバレており「お前人形扱いされるとき目が笑ってないよな」と指摘されたときは相手の洞察に驚いた。こんなふうに書くとカラフル青春時代みたいだ、けれどお互いに一切恋愛感情と性欲がなくて、飯食って家行ってアニメかAVかドラマ見て話し込んで朝帰るみたいなめちゃくちゃなことやっていた。男女の友情は成立するかとかいう永遠のテーマも、少なくとも私たちの間では成立していたと確信を持って言える、のにずいぶん長く会ってないな。私に余裕がないからだ。人と会うスパンが長ければ長いほどその期間の話をお互いにしなければならない気持ちになってしまい、実際に会ってしまえばそんなことはないのに、会う前日には緊張したり憂鬱になったりするのがだるい、そういうときってみなさんどうしてるんでしょう?私がドタキャンした謝罪もしなきゃいけないし、そういうのは手土産で相殺できればいいシステムになってほしい。

手土産といえば有用な情報をここに。芋嫌いな私が好きな、芋情報です。糖質オフやめろ。

http://www.imokin.co.jp/blog/1210.html

このブログのやつは美味いので日本橋へ行った際には買って食べてください。揚げたての芋けんぴもおすすめ。

度々このブログにも書いてる会社の先輩が、資格職として働いていることに誇りを抱いているのは勝手なのですが、何らかの資格を持っているがその資格を要する職に就いていない人(つまり私)はその資格職への素養がないんだと滔々と語っていて、その偏見と先入観に塗れたあなたのそれって侮辱では?とじわじわムカついてきた。ああ、やなやつと毎日顔を合わせておいて長年の友人を放置することの罪深さよ。