暦の上ではディセンバー

暦の上では(まだ一応)ディセンバー。

ここ数日でいままでいなかったタイプのお友達ができて毎日が少したのしい。インターネットを教えてもらったり、説教を受けたり、寂しさを紛らわせたりしてたのしく通話するのは、久しぶりかもしれない。人間の良さに触れて「はあ~良いなあ」と言って毎日風呂にはいる。良さ。

良さ

インターネットに住んでいる人たちはキャラクターが確立している。自己プロデュース力がある。私は名前やアイコンを決定するのにとても時間がかかった。自己プロデュース力はあまりない。けれどもこうして何かどうでもいいことを書いたりLast.fmを作ったりして自分のことを知ってもらえるのは少し気持ち良いことなのかもしれない。気持ちの良いことも、たまにはしても良いかもしれない。

インターネットの消費者から生産者になることができる

たとえば私というキャラクターをインターネット上にそれなりの広がりをもって存在させたことは生産者への肉迫になったかもしれない。ただ私が生産者としてなにを生産するべきなのか、なにが生産できるのか、皆目検討がつかない。生産はとてもしたいんだけれど、結局私は私のことしか話すことができない。

アイコン

アイコン、悲しくて泣いてるのに、口が笑ってしまっていて私に少し似ているかもしれない。悲しいことがあったり寂しいことがあったり、人が必要になったときに必要だと言うことを今まで散々嫌悪していたけれど、もっと素直に必要だと言えばそんなにこのアイコンに似ていなかったかもしれないのになあ。