チーズはどこにもなかった

 人生観が小学校の時に読んだ啓発本に左右されているなんて、なんてくだらない、馬鹿馬鹿しい話だろうか。私はありきたりな人間なので、啓発本でもなんでもすぐに考えこんでしまう。その結果がこれだ。なにがチーズだ。

チーズはどこへ消えた?は、ネズミと小人がそれぞれ迷路の中へチーズを探しに行くなんとまあお金持ちが考えそうな比喩話だ。頭の良い小人は大きなチーズの塊をみつけてそこに安住する。単純でそんなに頭のよくないネズミは小さなチーズのかけらをみつけては食べる安定のない生活。小人たちのチーズは、食べているのでだんだん小さくなり、やがてなくなる(当たり前だ)。小人はチーズがなくなりつつあることにも気づかず、ある日突然、チーズがなくなったことに気づく。「チーズはどこへ消えた?」と怒り出し、途方にくれてしまう。(一回しか読んでいないのにここまで覚えているのはなかなかの名作かもしれない。)

『変化を恐れるな、安定を求めるな、常に現状を見ろ、前進しろ』

みたいなメッセージだと思う。

この本を読んでから私はチーズが消えるのが怖くて怖くて仕方がなくなってしまった。今のチーズがいつなくなるのか、あとどれくらいなのか、また空腹に襲われるのか、迷路に飛び出すのが怖い、といった感じだ。今あるチーズを投げ捨ててでも迷路に飛び出さなくては、という強迫観念に近いものがある。恋人や友人、勉強や仕事、人生のそのものまでも今あるものを投げ打って新しいチーズを探しに行くべきなのではないか。終わりがあるすべてのものを捨ててでも、違う事柄の始まりを見出さざるをえなくなってしまった。

私がそれなりに大人になっても最近でもかびたチーズの臭い匂いがぷんと香るときがあった。チーズがなくなる前に、迷路に飛び出さなくては、と。

 

しかし本当は私の生活にチーズなんかどこにもないのだ。

私がいままでチーズだと思っていたものは全部私の人生において大切なかがやきのある石みたいなもので、食べてもなくならないものだった。たとえその石を食べたとしても、恐竜の胃石のように胃酸で徐々に溶かされながら食物をがらがらとすり潰し何十億年も残っていくものなのだ。石たちには、原石のまま私が放りなげてしまったものもあれば、私がたたきわってしまったものもある。でも私がしっかりと磨いて宝石にして宝石箱の中にしっかり閉まって鍵をかけたものだってあるんだ。今だって、磨いた宝石を銀のチェーンでアクセサリーにして身に付けたりしている。

私はかび臭いチーズなんかどこにも持っていない。あるのはたくさんの石だけだ。

 

チーズはどこへ消えた?

チーズはどこへ消えた?

 

 追記:この本のレビューは本当にひどいものだ