面接専用ファンタジー

みなさんの将来の夢はなんですか?私の夢は毎日きちんと仕事をして暮らせるお金をもらって、つらいことがあっても夜はおうちでごはんを食べて猫とあそんで、休日は恋人と美術館でも公園でも観劇でもなにかしらのデートをしておいしいごはんを食べてセックスすれば、それで夢がかなう、それだけのことなのに、どうしてこんなにもがっかりするような気持ちにならなければならないのでしょうか?

私はこの前の、二週間だけそれなりに勉強した試験にたまたま受かったので、面接試験をうけたけど、何も準備していかなかった(する気がなかった)ので、散々な結果になると予想している。

適当に答えた、という表現だとまるで馬鹿みたいに聞こえるけれど実際はそのとき考えていることをある程度はきちんと言葉にはしたつもりはある。それなりのことは言える。ただ、きっかけになった事件や出来事は?と聞かれて、私はもうそこで思考を失った。失われたのではなくて、自分で失った。出来事や事件、結局物語性だ。

私は物語性というものがめちゃくちゃに嫌いだ。明らかに人間が好きそうな代物だ。自分の人生のどうでもいい一部分を500%位に拡大して、さも自分が英雄かのようにふるまう物語は主観的で自己中心的なただのオハナシではないか。どうでもいい。人生は事実の連続で、そこに思考の連続性や変化はあっても、それは物語ではない。ただ自分が勝手に線を引いてつなげた事実の鎖があるだけだ。

私の人生には物語性はない。事件や出来事も、特にない。人に会うとか人と別れるとか、あるのはそれだけだ。人生において起こる事実のつながりを物語として認識できないのだ。ただほかの人はそうもいかないらしい。物語を作り出すことにみんな一生懸命だ。そういう人の中で生きていくためには、私だって虚構の物語を作っておくべきだった。つまり、ファンタジーだ。

ファンタジー作りはそんなに簡単ではない。あることないことひっくるめて全部まるでそれがそこに存在しているように、世界を構築しなければならないからだ。もしまた面接を受ける機会があれば、私はもっと魅力的なファンタジー世界を私の中に作っておかなければならなくなるだろう。

私が以前なろうとしていたものは、特殊な職業だったので、そういう物語性は必要ないと考えていたけれど、特殊な職業と言ってもやっているのは人間だということをすっかり忘れていた。仕方がない。なんでもかんでもファンタジーを作ってごまかすしかないのだ。その点で少しがっかりした。別にこの仕事ではなくてもいいかなとも思い始めている。もうそんなに特殊な職業ではなくて本屋さんとか、眼鏡屋さんとかそういうのになりたいという気持ちもあるのだ。虚構のファンタジー世界を自分の中につくるのはそうそう好ましいことではない。本当は、今の私を見てほしいと思ってるからね。