恒久的な物語制作工程

ファンタジーをつくらなかったためにやっぱり面接に落ちたので、私は新しい仕事を探しているところです。
結局人と話していてもやっぱり世の中にはファンタジーや物語、虚構性とかが求められる仕事があるわけで、私がそういう仕事を選んでいたわけで、やっぱりそれをやるためには物語性が必要になってくるよね、ということになった。もちろんそうでない仕事もあるし、そういう仕事につくことだってできるんだけど、心を使う仕事やクリエイティブな仕事っていうのは、多少の物語性があったほうが強いよなあ。私が今まで物語を考えていなかったのは、その仕事に対してのモチベーションとか能動的な気持ちが全く以って足りていなかったなあとも思うし、来年もう一度試験を受けたとしても同様に物語性は生まれない気がしている。
最近の私は、周りの人の輪を乱すみたいな行為に対して図らずも積極的になってきた。そういうことは世間的には避けられる行為として取り上げられることが多いけど、私にとってはそれがむしろ良いことである。以前の私は私の気持ちが全くわからないまま、周りの人の一ったので挙手一投足に応じて行動していたし、そうやっで流されていることがむしろ気持ちがいいと思っていたからだ。そういう私は、いわゆる都合の良い女、みたいな感じで男に使われることもあるしセクハラを受けることだってあるし、同性にだって玩具のように扱われることがある。なんというか、私も人間なので嫌だという気持ちはもちろんあるんだけれど、相手の人間に対して期待をしない時には諦めるというか、どうせお前はクソ人間だしわからないだろうと思って接していたので、自分の気持ちを諦め諦めきていた。ただクソ人間はクソなので、言わないとわからないし(言ってもわからないというのはあるけれど言わないよりかはマシ)、なんとしてでも私のこのマトモな感情を伝えようみたいな感じになってきた。まあ最近は周りの環境を自分で調整できるようになったというのもあるけれど、実際試験に落ちてみてからのほうが自分のこととしてとらえられるようになったしよかったとも思う。
私にもつくれる物語、ストーリーがあるような気がしてきている。