覚えておくべき事々

なんということのない、昔のことを思い出していた。

親戚の双子の子供がピアノの発表会があるということで、あまり乗り気ではなかったけれど以前居候していたし世話焼いてもらったしという感じで行くことにした。発表会くらいでしか花をもらうこともないだろうと思って(私もそうだった)、駅の花屋で一番小さい花束を2つ買って、バスで向かった。バスの中では、吉野弘の詩について考えていた。I was born:吉野弘 以前産婦人科へ、誰かの赤ちゃんが生まれてすぐに見舞いにいったときに、白い羽衣のようなものを着て、生気を他人に文字通り吸い取られているにも関わらず、安堵しきった表情を浮かべた女の人たちを見たときのことを思い出していた。

演奏はまあまあで、発表会の中で一番うまかった(気がした)。目当ての演奏以外は特に興味がなかったので、ずっと昔のことを考えていた。

昔のこと。私が小学生だったとき(それからずっとそうだけど)、感情がうまく表現できなくて、人と話してもあんまりうまくいかなかったので、あまり友達と遊ばなかった。学校であった嫌なこととか楽しいこととかを、ピアノを弾きながら思い出していた。ピアノ自体はあまり好んでやる感じじゃなかったけど、その時間は結構好きだった。上手くなってくると、自分のやりたいようにできるので、自分にとってはリアルな感覚を表現できるようになるのが面白かった。私は普段そんなに大はしゃぎするタイプでなかったのでピアノの発表会では、人が変わったみたいに狂って弾くよね、みたいなことをよく言われた気がする。感情、結構あったんだなと思う。昔はそうやって表出するところがあって、自分で整理整頓してたみたいだけど、今はどこにも吐き出すところがなくて、こんな感情おばけみたいになってしまっている。小学生の私のほうがよっぽど自分に対して理解があるよなあ。

くだらないことを考えている間に演奏は終わっていた。

覚えておくべきことは、覚えておこうとしなくても勝手に覚えられている。なにかをきっかけにして、それを思い出すこともできる、今は。もう私にはピアノがないのでどこかで意識的に言語化しておかないと、どんどん離れていってしまう気がする。海に浮いているボトルの中に入ったメッセージを一つずつ拾って集めておかないと、私の記憶や感情はいつまでも海に浮かんだまま、一生さまよい続けるのではないか。そんなのもう本当におばけみたいだよね。