I want you to know more

内定決まりました、というのは結構前なのだけど、ここに書いてなかったので書いておく。内定が決まるまで、それなりの苦労みたいなのがあった。精神的に疲れたので人間か、もしくはベイマックスにがんばったねってハグされたい。
就職活動で何度も面接があってその度毎に上手くなっていっている自覚があった。なんというか、整理できてきたというかんじ。以前自分には物語がないということで悩んでいたのだけれど、それはもう致し方ないというか、実際になかったのだからどうしようもなかった。将来のビジョンとかも聞かれてもはあ?みたいなことしか考えられないのも、今まで考えてなかったのだからしょうがないのだ。私は自分自身の物語性について、全く信用ならなかった。それは私が世界にとって有益なことを特に何も生み出していなかったからだ。なにかしらの発信も人に自慢できるような発明もまったくしたことがない。大学生活何してましたかと聞かれても特に何してるわけでもないし生きているので精一杯でしたわ、しいて言えば何冊かいい本を読みましたね、みたいなことになる。自分に物語性がないと思っていたのは、そういう何か形としてのこるような目に見える成果が全然なかったからだった。
ではなぜ面接ができるようになったか、整理できたのかというと、目に見える成果にこだわる必要がないということを発見したからでした。もちろんそういう成果を大切にしている会社もあって、そこで働く人はがんばってくれと思うのだけれど、そこは私の働くところではなかった。目に見える成果について考えないようにすると視界がかなりすっきりした。私のこれまでの22年間でそれなりにうまく行っていることはひとつしかなくて、それは"考えている"ということだった。そういう思考の過程を話すということが私にとっての物語であるということをいろんな人と話してわかった。大学を出たら就くはずだった仕事について、全く考えが浮かばなかったこと、もちろんその採用試験に落ちたということ、自分のできる可能性の高い仕事について考えること、そうなったら将来どうしていくかということ、そういうストーリーがなんの成果もなくても出来上がってきた。あとはなんか私も何も学んでないわけじゃないので専門の話とか適当にしていったら、あれ、これ私にも物語あるやん、みたいなことになってうまく話せるようになった。目に見えるものにばかりとらわれすぎてはいけないのだ。もっと私の内面について知ってほしいのだから、そのことについて知らない人にはたくさん話さなくては。私の中身を、もっと知って欲しいって私は思ってるよ。