every day, every time, all day, all night.

休日と平日のギャップで苦しむ。休日は今までの私と一緒で朝まで飲み明かしたりデートでいい映画みたり友だちとアイス食べてゲームセンター行ったりなのに、平日はいろいろな振る舞いをしなければならない。同期とか上司とか子どもとか保護者とかに対して、一日の中で自分の立ち位置をいろいろ変えなくてはいけないのは体力を使う。まあそういう仕事だから仕方ないのだけど、24人のビリーミリガンになってしまいそう。
最近はなんとかして引っ越そうとしている。一人暮らしなのに通勤に一日往復3時間、馬鹿げている。将来的には誰かと住むとは思っていたけど何度も引っ越すのが面倒くさいのでこの際住んでしまおうという気持ちになった。突然だったので家の人から「ありえない!」みたいに言われて「いやいやありえないなんてありえないでしょ」と言い返していたのだけど(なぜなら独立生計だし言う通りにする義務はないから)、如何せん話が通じなくてため息ばかりついていた。一緒に住もうとしている人に「こういうのには話し方というのがあるんだよ」と言われる。「プライドあるから嫌だけど、相手が思っていることを変えてもらうというふうに考えて下手に出るしかない。感謝してるとかなんとか伝えて自分のやりたいようにするって伝えるの、馬鹿げているけどそういう儀式だよ。」
儀式。いつだって儀式は苦手。儀式的なこと、特に意味のないもの、本当に考えていることを言えないように強要される場。祝わなくてはいけない、悲しまなくてはいけない、楽しまなければいけない、感謝しなければいけない、そういう感情の強要を儀式的な場では求められるのだった。
儀式的な場からはすぐに抜け出せないし温泉どころかシャワー浴びることも許されないのだ。儀式というのを避けて通ったって問題ないって私はそう思うのだけど、世の中はそういうわけにはいかないんだ。もちろんそういうのがやりたい人はやればいい。きっと素敵な式になるだろう。
通過儀礼みたいなのは自分の中にある。それは私はみんなに見てもらわなくても自分でできるから。
いつでもどの私でも私は私の持ってる気持ちを手放したくないし手放さないってことをもう学んだんだと思う。