人を気にして生きていく

物や電車や建物がいつだって変わらないのは本当に落ち着く(人間によってダイヤが乱れたり壊されたり捨てられたりすることはあるにしても)。人間関係はいつだって複雑に絡み合っている。
絡まった毛糸のような人間関係が目に見えるようにわかるので、目の前に出されると私はなんとかほぐそうとしてしまうのだった。ユーチューバーみたいに好きなことばかりやって生きていくのを我々はすぐに馬鹿にしてしまうけれど、実際にはかしこいやり方なのかもしれない。でも好きなことばかりして生きていくのは無理だって、そういうことに(残念ながら)気づいてしまうので人を気にして生きていくしかないのだ、と思う。
先月くらいまでは絡まった人間関係の毛糸玉が眼前に出されるとねこのようにすぐに反応してしまっていたけれど、慣れ、般化で、毛糸玉を出されても特に何も思わなくなった。体力は温存しておいたほうがいい。
たとえば人のことについて、気づいてしまったり気にしてしまったりすることはあるけれど、もともと人間に興味もないのだし気づいてもまた私は眠りつづけるしかないのだった。