犬のお葬式

冠婚葬祭が人生のいたるところで顔を出し始めている。できれば正直一生出てきてほしくなかった。
昨日実家の犬が死んだ。母が犬と家にいたら突然歩けなくなってキューンと一鳴きして倒れた、と泣きながら電話が来た。小型犬で13歳。寿命ではあった。
一方そのころ私は池袋演芸場で落語を観ていた。ちょうど仲入りで電話を見たらかかってきていて、トイレに並ぶ人の列の横で泣きながら電話に出る。煙草を吸ってるおじさんたちが不思議そうに私をみていた。寄席に来て泣く人なんか滅多にいないのだろうな、と考えて少しおかしかったけど仕方ない。悲しいときは悲しいのだ。しかし犬が死んだからって今すぐ飛行機で実家に帰るわけにも行かず、デートの相手もいたのでとりあえず席に戻った。落語を聞いて笑うという気分じゃなかったけれど、何も考えることがないととにかく泣きそうだったので良かった。池袋演芸場は昼夜入れ替えもないし、ずっといても良いし、何していても良いのできっと泣いていても良いかな(?)。まあそう思ってみていたけどやっぱりおもしろいものはおもしろくて、昼の部トリの柳家小里んの落語を聴いていたらもうものすごくおもしろくて、さっきまで犬が死んで泣いてたのにこんなに笑ってる自分がおかしくてすごくおもしろくて笑ってるのにずっと泣いてた。やっぱり落語はおもしろいな。
母親は犬の死に立ち会って電話で大泣きだった。6月には父親が癌で手術していて今も治療中なのであって、生と死の間に突然置かれて疲れているだろう。犬は今日の9時から火葬されるらしい。さっきまでふわふわだった犬がただの骨になって出てくるの、私は、私は…。今日の9時には灰になってしまってもう触れることができないんだという思いとでももう死んじゃってるんだから焼こうが埋めようが関係ないという思いで複雑。でもやっぱり死は弔われてほしいと思うのは、生きている人の、私の、勝手なのだろうか。今日は犬のお葬式です。