ぱじゃまじぇーぴーはしんだんだ

pajamajpのアカウントのツイッター見たり書いたりするのやめてぼんやりしています。そういえばと思って全然みてなかったいわゆるリアルアカウントの方をのぞいたら赤ちゃんが2人くらい一気に生まれててやっぱりやめとけばよかった。やめた理由は特にないし、深読みさせるような状況の変化もなくて、みんなをがっかりさせてしまうかもね。

そもそも人間とは分かり合えないというのはすでに自明のことなのだけど、最近は特に人間に対して諦めのような気持ちが強くなってしまった、少し前は私は一生懸命なにかをわかり合おうとしていた気がするのだけど、その変化が大変ゆるやかで気づいたときには谷ができていたような感じで、もう遅かったのだとわかる。人に対して失礼なことを言ったりやったりすることが増えた。興味がなくなっちゃったからかもしれない。

仕事の先輩の今度の結婚の話が厳しくて毎日ランチタイムが全然楽しくないのでごはんを食べることだけに集中してる。先輩の「相方」はイケメンなので、とっても愛していて、男に愛されていることに対してそれを誇りに思っていることはわかるのだけど、ただそれだけという感じがするのが厳しい。それに加えて私が男と暮らすのは早いだとか年上の男でいいのかとかどうやって出会ったんだとか根掘り葉掘りなものだから参ってしまっている。先輩の、来年くらいには妊娠したいとかいう話も無理だ。ヤッてから仕事来てるって思うと大きいため息が出る。セックスは自由だけど、公言しなくて良い。

 この前会ったインターネットの友達、はじめて会ったのにずっと前から友達みたいな感じ、だったので余計に、私は全然話す準備してなくて、上辺みたいなことばっかり話してしまった。そういう適当な話しをするのに良くも悪くも慣れてきて、いざ自分の話しようとすると全然上手くまとまってなくて申し訳なかった。感覚が似ているって言う人ほんとにいて、そういう人ほど「目が見えなくとも姿形色がわかる」みたいになりがち、言わなくてもわかるなんてことないのにね。

この前ララランドみたときにエンドロールの後大号泣して立てなくなってた妙齢の女性二人、あの人たちと分かり合えることはないと思うけど、夏草や兵どもが夢の跡を詠んだときの芭蕉の気持ちなら私があの人たちを見たときの気持ちときっと一緒なんだろう。