蛇の道は蛇

月に一度のpajamajpタイムです。そう、思えばもう何年も陳腐なことばかり書いてきたな、誰にとっても有益じゃない情報、こんなのってなんの意味もないよ、って思いながらも私の為には有益なので見てくれる人は見てくださいね。

先日pajamajpのアカウント(いや、その前から?)を使って以来の友人と会ったときに、私のことをたくさん知ってほしい、そういう相手だったので、私のことを話すために久しぶりに自分のことを思い返していたのだった。最近は、というか最近の何年か、私は思考するのをやめて、恋人に管理されるがまま、あたたかいところでぬくぬくと時間を過ごしてきた。もちろんそれが悪いってわけじゃないけど、何にも考えないことがくせになっていた。知らない人や関係の浅い人、別に好きでも嫌いでもない人に対して媚を売ったり適当に話を合わせたり盛り上げたりするのが意図せずして得意になった。そのせいで彼と前回会ったときは本当に職場でするみたいな適当な話しかできなくて、ちゃんと実のある話しをしたいのに私の問題で全くできなかったことを、好きな女の子相手にその場になったら勃たない男の子みたいに後悔していた 。そういうわけで、たまには自分のことを振り返って考えてみてもいいかもしれないと久しぶりに思えたので、私たちが会って話したことが本当に良かったとなることはもう最初から決まってたんだって。実際に彼に会うのは、物理的な距離があるために2度目だったけど、何年も同じ時間を過ごしたことのあるみたいに、お互いを知っていると感じられて不思議な感覚、そのとき私たちがインターネット上で出会ってから5年近く経っているということを聞いた。5年というのは長かった、「思い返せばあっという間だったね」ということは決してなかった。大変な毎日を少しずつすごしてきたのが「あっという間」であってたまるか。

(別に好き好んで選んだわけではなかったのだが場所の都合で)新橋駅で、サラリーマンのおじさんたちと、その連れのキラキラOLがたくさんと、いけすかないバーテンダーのいるところで、友人は海の味のする、ラフロイグというのを、私はパンペロを飲んだ。ラフロイグは強烈な香りがしたので、ラフロイグの匂いを嗅ぐたびにこの夜のことについて思い出すだろう。

新橋駅で酒を飲んでいるキラキラOLたちが、優しくて金のある男性、ブランドもののセンスの良いファッション、金に困らず幸せな結婚生活、ブランドの服を着たかわいい子どもに向けて、それらを獲得すべしと輝いているのを見た。私はキラキラOLになんだかわからないけど引け目を感じていたので、「私はいつまでも子どもで、ネバーランドに住んでいるみたいにいつまでもあんな感じの大人になれないんだけれどどうしたらいいのか」と以前から思っていた疑問について話す。それに対して友人は「あの人たちはパン食い競争に参加していて、僕たちはマラソンに参加している、ただそれだけ」と返した。こんなセリフまるで映画みたいだと思ったけど、映画じゃなくて現実で、確実に私自身に向けられている言葉だという実感があって驚く。私は、パン食い競争をやって何かを獲得するぞと頑張っているみんなを、紐にくくりつけられたおいしいパンを素通りして、ゴールがどこにあるのかもわからないようなマラソンでただ無意味に走り続けているのだった。キラキラOLはキラキラOLでパンを食えればいいし、私は私で関係なくとにかくずっと走り続けることができればよいのだ。

友人と私の間にもちろん差異はあるけれど、こんな風に同じ言語を話す人だから私にとってわかりやすかったし、彼もまた、なんだかわからないけど私の何気なく言ったことを気に入っていたので、お互いにとって良かったのだと思う。カウンターで、私たちの会話はこんな感じだったので、バーテンダーたちに笑われてるのがわかった。興味がありそうだったのでいっそバーテンダーも巻き込んで話してやろうかとも思ったけど、どう考えても話が合わなそうだし、いけすかなかったのでやめた。バーテンダーが寡黙である必要性がわかった気がする。私はおかしいから笑われるのは慣れっこだしわかるけど、客を笑うなら客がそれに気づいているのにも気づけよ、と思う、いや、私がおかしいので彼らに否はないのだけれど。

私たちはもうずっと長く人生を過ごしてきたし、もうこれ以上続けていく必要があるのか疑問に思うことがある。最近死んだ友だちも、長い間、一分一秒ごとの長い時間を一人で過ごしてきたこと、そしてそれが続いていくことに対してなんだか嫌気が差したのだろう。私が辛い思いでマラソンを続けて行った先に自己実現という名のゴールはあるのだろうか、いや、きっとない。パン食い競争に参加しない私たちは、並走してくれる相手をなんとか繋ぎ止めておきながら、孤独に耐えかねて走るのをやめないように、ただただ走り続けていくしかないのだろうか、いやたぶんそうなんだろう。そして私は、パン食い競争に参加していない並走相手を何人か、これまで厳選して選んできたことが無駄ではなかったと思えたのであった。