水族館と溺れる子犬

こんばんは、pajamajp です。春、気分が悪いですね。なんだか急に暖かくなって、夜、悲しくなって突然泣き出すなんてことありませんか?私はあります。できるだけ季節を気にしないように生きていますが、 皆さんはどうですか、と問うのも失礼かもしれないし新生活に向かって気持ち新たに一歩踏み出している事と思います。

つい先日大学の同期と後輩と晴れた日の新宿中央公園で、女ばかりの冴えないピクニック、いや飲み会をしたのだけれど、私は今年度も早速自分の卑しさに辟易してしまったのでした。

皆が買い出しに行っている間荷物番として後輩と2人で待つことになったので、近況報告ということになった。後輩は就活を頑張って大手企業に就職して今年から晴れて社会人、今はマナー研修を受けている、とのことで私は他人事のようにたいへんだなあとか言った。どこかで私がうっかり「いい会社」とか言ったことで何かおかしくなったのだ。多分「いい会社に入れば」とかまあ私が言うのはそういうことだろう。文脈はよく覚えてないけれど、後輩に「いい会社ってなんですか」と聞かれて、唐突だったので「何か就活の面接みたいじゃない?」と笑って返した。べつに面接みたいじゃないけど、私はもうそこでダメだった。聞かれたからには答えなきゃと思って適当に、お金もらえて定時で帰れて人間がギスギスしてないところだけど事実そんな会社はないし労働は悪だよねアハハとヘラヘラしながら話す。後輩は別にそんなことが聞きたいんじゃないみたいな顔をしていた。私は将来どうなろう知ったこっちゃないし仕事への情熱や熱意はまるでなくてどうでもいい仕事をなんとなくしているが、後輩は自分の未来は仕事に展望を抱いているのだ。だからこそ就活を乗り切ってきて、就活を乗り切った自分に自信を持って入社するのだ。そう思った瞬間もうなんか眩しく見えてきて、後光が差している様で、目を合わせることができなくなった。なんとか話題を変えようと奮闘する自分がみじめだった。奮闘した結果、私の仕事の話になり、どうでもいいことで後輩が褒めてくるのも気を使われているなという感じがした。そしてなによりどうでもいいことで卑屈になる自分がばかみたいだった。

ピクニックの間中、気を使わせていた気がする、それこそマナー研修の成果発揮というところだったのかもしれないが。

反省点としては、私の彼女に対するイメージが2、3年前のままだったということだ。人間2、3年あったら変わるだろうし私だって多分変わったところもある。その長い時間をすっ飛ばして、昔みたいにワイワイやろうやというのが無理があるよな。そういう昔は良かったと言うばかりの変化を受け入れられないババアにならないようこれから気をつけなくてはいけないね。それからもちろんこの話には彼女には一切の非がない事は自明だし全て私が勝手に居心地が悪くなっているだけの事なのだ。

 

ところで、みなさんは水族館劇場をご存知ですか?私はつい最近知ったのですが、私が今まで観た中で一番人間的な、あまりに人間的な劇団だったのでここに宣伝しておきます。貧乏アングラ劇団で演者もおばあちゃんや日雇い労働者、テント演劇で外会場なので寒いし座布団はペラペラでケツが痛くなるのだけれど、そこにはどうしようもなく忘れられない光景があるのです。「上昇思考を持たない唯一の劇団」とのことで、普段はいわゆる社会的弱者であって、また弱者であるということに誇りを持っている人間の、ひとときの輝きを目にすることができる、完全な非日常空間。

来週も花園神社でやっていて席もあるようなので行くと良いですね。

http://www.suizokukangekijou.com/news/

 少し前だけどこのインタビューも良かったです。 

http://yokohama-sozokaiwai.jp/person/16352.html

 私はそういう空間を作り出す人間や弱者であり続けることの意味を形にして手に取るようにわかっているような人間に対して、本当の意味での尊敬や憧憬を感じるのだよねえ。私が卑しくて浅ましい上昇への欲を捨てきれず、これといった趣味や表現力もないと諦めてなにもしない、どっちつかずの状態で浮遊しているからなのだろうな。

水族館劇場では大量の水を使う演出が毎回あるのだけれど、私はこの観劇のあと、水に溺れた子犬を心臓マッサージだの人工呼吸だのをやって水を吐かせて助ける夢を見た。まだ生まれたての子犬が自分の手のひらのうえで息を吹き返す瞬間を見た。精神分析は全く信じていないけれど、あまりに印象的だったので記しておこう。あれは、あの犬は私のなんだったのだろうか?