だから私のためにいてほしい

台風の嵐の中この記事を書いていて、嵐のよるにみなさんにこれを読んでもらって時間を潰してもらいたかったのだけどあいにく間に合わなかったので台風一過の今日も続きを。

もう2ヶ月もブログを更新していなかったことに驚いていて反省してますというか、この2ヶ月間まるで無駄にしているという感覚しかないというか、いや私の主体的な選択が実行されたときに無駄にしていなかった日などあっただろうか?スマホに文字を打ち込むのがラインですらだるくて、パソコンはウイルスバスターの契約切れでインターネットに接続したくないし(自己へのサービスのためにお金をかける余裕がない)、一番いいのはキーボードをブルートゥーススマホにつないで打つことなんだけれど、押入れからキーボードを出して、充電しつつスマホに接続してブログを開くというその行為(なんだそれ)自体がだるかったし、そもそもブログへのモチベーションを持つことすらだるかった。近況を報告していなかったのでしばらくみなさんに心配してもらうことが多かった気がする。もちろん精神的な安定を一定程度守って生きているので、なにか大きな出来事や事故や病気はありませんでしたが、心が揺れる出来事ってもうなんでこんなにあるんだ!?ってくらいあるよね。心を消耗しまくっているので書くよ。

大学の同級生の結婚式だった。みんなにお祝いされて夫婦が幸せそうだったし、良かったと思う。結婚式、明文化されていないおかしなルールばかりでかなり困惑するしあれはやめたほうがいいけど、やりたい人はいるだろうということがわかったし、やりたい人はやっていいということがわかった。私に絶対にできないことも平然とやってのけていてることに素直に感心してしまった。でかいスプーンで相手に食べさせるとか、司会者の突然の質問に答えるとか、みんなの前で両親への手紙を読むとか、というかそもそも今の私はみんなの前で堂々として立つことすら難しいと感じる。そういうことが堂々とできることはいいことだと思うし、みんながんばっていってくれると良い。

しかしでもやっぱりここで終わったよ、私たちのレヴューは。

(このあとの話に関しては、大学生なんてそんなものだろう、私にも同じようなそんな青春あるわ、と感じられる方もいると思うが、それはあなた自身の体験であって、私自身の体験としては別個に特別に存在していると考えてもらいたい。)

私たちは同じ大学の音楽サークルで過ごしてきた9人だったけれど、性格が全員不一致で、個性的で、バラバラだった。リーダーは名目上は存在したけれど、誰かに牽引されるというよりは、音楽と言う名の仮想敵(いや味方?)に対してそれぞれの自由な活動の相互性で9人が竜巻様に渦巻いて突進し続けているような感じで関わっていた。それぞれがそれぞれを特別な存在として必要としていてどの1人が欠けても成り立たなかった、とは全く言えないし、1人いなければいないなりにうまく行っていただろうとも思う、それは私も含めて。しかし、私の8人の同級生はそこらへんの青春群像劇の登場人物よりも鮮やかでぐちゃぐちゃで輝きがあった。私はそこに所属できたことに誇りを感じることができるし、一方同時に私がそこに所属していなくても残りのみんなは同じように存在していただろうとも思う。私たちの関係性は限られた時間や環境の中での偶然的な産物でもあり、いつかおわりがくることは理解しており、ただそれがやってきただけだった。というかやってきたのではなくそこへたどり着いただけとも言える。私が終わりを感じたのは、結婚式で私達の関係性が外に開かれ、『新郎の学生時代の友達グループ』になったからであった。いい意味でも悪い意味でもなく、ただそうなっただけのことだった。それをありありと感じられるのはある意味で私達が閉鎖的なグループだったからなのかもしれない。私達の一人が、私達以外の人を同じステージ上いやそれよりもさらに高いところに登らせるのみて、私達が何度も何度も上演してきた青春のレヴューはここで終了した。もちろん私達の関係性は続くし、結婚した人と縁を切るわけでも、家族を持つ人に対して嫉妬するわけでもない、ただ今までとは変わったというそれだけのことである。
結局私は当日体調が悪かったこともあるが、考え事が多くて、結婚式の空気感に当てられて、楽しそうなみんなを遠巻きに眺めているうちに4次会になっていて、主催者からものすごく心配されてしまった。辛気臭い顔していたであろう自分が恥ずかしかった。当日全然話してないのに、私について一言目が「あんまり悪いことを自分一人で抱えるなよ」だって?私の近況をぜんぶお見通しだったってわけだ。めちゃくちゃ泣きそうになってしまったが、ここは結婚式なので、私は関係ないので「ウン、ありがとう」と言ってホテルへ帰った。いまおもえば泣いてもよかったのかもしれないな。新郎の元恋人でもある友人ははそのまま5次会へ行った。楽しんでいるのか、気を使っているのか(そもそも誰に対して?)本意がわからなかったので放置した。ベッドに入ってもいろんなことがフラッシュバックしてなかなか寝つけなかった。そういえば少女歌劇レヴュー・スタァライト幾原邦彦のn番煎じか?という意味ありげな比喩表現が多用されており正直そこまで好きなアニメではないけれど、何かに似ているなと思ったら、私達、いや私?だったというところでようやく眠ることができて時間は午前3時すぎだった。5次会へ行った人が帰ってくるのが聞こえた。

彼らや音楽の話は思い起こせばまだまだあるけど自分で自分の墓を荒らすことになるのでここまででやめておく。最近みんなの人生をみていてこんなふうにおわって(はじまって)いくんだなと感じることが多い。でもまた私は今週も深夜ラジオを聴いてインターネットをして心をインスタントに満たしつつ、消耗してるなあと感じながらおわっていっている。本当は心をインスタントに消耗したくない。だから、