マフラーの壁

ついに友人はドイツへと旅立っていった。これから1年間ドイツで暮らすという。私の携帯に入ってる世界時計は、いつ出番があるのかわからないくらい海外が縁遠い生活を送っていたが、とりあえず今回のことでベルリンの現地時間を追加しておいたので無事活用された。無事到着した旨のラインが夜入っていたので、昼休憩に友人にラインしようとしたらまだ朝の4時とかで純粋に驚いてしまった。そういうところで距離を感じないでもないけど、インターネットがあるので大丈夫。インターネットの向こう側にいる、毎日ツイッターで見る人と同じくらいの距離感で過ごせそう。つまりインターネットに感謝。

対して私は家で編み物ばかりしている。最近はラジオを聞きながら2枚目のマフラーを作っているときが一番心がやすらぐ。去年マフラーを誤って捨ててしまいなくなったのと、1枚目のクオリティーがゆるせないから。完全に独学で初心者なのでうまく行かないことが多くて失敗ばかりしている。けれども私は趣味においてだけはなかなかの完璧主義なので、自分の気が済むまでやりなおしている、何度も。なのであまり先に進めず、マフラーはユニクロで1000円で買えるよと恋人に呆れられている。編み物を編み出した人は天才だと思う、私は手先は動かせるが仕組みは全然わからない。猿人だが原人だかネアンデルタール人だかが、初めて日本に到達できたのは衣服のための針を作る技術があったかららしいと職場の人が話していた。手芸は偉大だ。手芸の趣味、ババアっぽいけど、私はもともと服とかが好きだけど高すぎていつも買えないので、なんとかならないのかという思いから始めたが、時間も労力もばかみたいにかかるのでむしろファストファッションがこれほど安く売っていることがおかしいと気づく。こちらは世の中のニットというニットをつくりつづける工場ロボットに感謝。

友人、一般的に考えても一歩踏み出したと言えるだろう。私は一歩も踏み出してなくって、毎日編み物をし、今日の反省をしながら、世界の広さについて考えながら、貯金の残高について考えながら、網目の仕組みについて理解しようとしながら、マフラーの網目を増やしているだけ。悲観的になっているわけではないけれども、ただ並べて書くと対照的で、なんとなく、私の矮小さが目立つわね。

社会の端に組み込まれてはや4年…奥歯を噛み締めながら満員電車に乗るくせがついて肩こりはひどくなる一方。社会について、シンプルな感情としてムカつくことは大いにあるのだけれど、そいつらをばかにすることでバランスを保っている。私はなんでも誰でも知らない物ははじめにばかにするくせがある、これは防衛本能です。はじめからばかにしておけば、裏切られたときのダメージが少ないから。だから、傷つきたくないから友だちがずっと少ない。その点編み物は裏切らない、私の作用でしか変化することがないから、やり直しもなんどでもできるから。

数少ない友人が物理的に離れてしまったことで、会社と家以外で人間に触れることがさらに減っていくことで、編み物偏屈ババアになることが予想されてすこし怖い。他者と対話することを意識づけていきたい、できれば月1くらいで。